寺宝・文化財

ご開帳

収蔵庫(国重要文化財、県市指定文化財)ご開帳

・4月第3日曜日「新緑まつり」

・11月最終土日、12月第1土日曜日「もみじ祭り」
いずれも、9時30分~15時 拝観料:無料

上記、以外で収蔵庫を拝観希望の方へ

・拝観希望日の7日前までに、事前申し込みください。ただし、檀務等で希望に沿えないこともあります。
申し込み:普門寺 0532-41-4500(9時~16時)

・人数は、10名以上でお願い致します。拝観料:1名 500円

・平安時代の邪鬼像に触れる「みうらじゅん×いとうせいこう命名 抱き邪鬼」を希望の方は、申し込みの際にお伝えください。
ただし、人数や時間によって希望に沿えないこともあります。

・収蔵庫ご開帳 所要時間:30分~1時間

本尊 聖観世音菩薩立像

(平安時代/像高97.0cm/木造)

古来より、厄除け観音として信仰されてきた普門寺の本尊さま。
寺に伝わる天文11年(1542)の「本尊等造立木札」から、従来はこの時に造られたと考えられてきた。しかし、豊橋市教育委員会の総合調査(平成16~28年)による再調査の結果から、製作年代は11世紀を前後する古例であることが明らかになり、普門寺(西谷・船形寺)創建期からの本尊であることが極めて高くなった。
ただし、本像の表面が後世に著しく補修を受けているのは間違いない。これは、何らかの理由で本像が破損したものの、寺内の重要仏であったため、あえて補修を行いその記念として造立木札を作成したと考えられる。
ご開帳は、4月第3日曜日「新緑まつり」午前10時~正午。

国指定重要文化財 伝釈迦如来坐像

(平安時代/像高139.0cm/木造)

全跏坐する半丈六像である。もとは薬師如来であった可能性が高い。見事な肉体表現とゆったりとした表情から平安時代の優美な風をよく留めている。台座の八角裳懸座には法相華文が表現され、平安時代後期の気風をよく伝えている。

国指定重要文化財 阿弥陀如来坐像

(平安時代/像高140.6cm/木造)

阿弥陀如来は西方極楽浄土の主で、浄土思想が流行した平安時代には数多く造られた。伝釈迦如来坐像と同様に台座は八角裳懸座で、近い時期の製作と考えられる。定朝様式の地方における受容の一様相を示す像である。

国指定重要文化財 四天王立像 4躰

(平安時代/木造)

東海地方を代表する等身大の四天王像である。いずれも鉈彫りのユーモラスな邪鬼を踏む。平安時代の優美な作風と写実的で力強い鎌倉時代の表現が混在する過度的な時期の作例である。

持国天立像(像高178.7cm/東方を守護)

増長天立像(像高173.3cm/南方を守護)

広目天立像(像高170.3cm/西方を守護)

多聞天立像(像高178.7cm/北方を守護)

国指定重要文化財 経筒

(平安時代/銅製)

久寿3年に当寺14世勝意が願主となり、母の長寿と人々の幸せを願って作製された。銘文は陽鋳された珍しいもので、鋳物師は伴成恒である。

国指定重要文化財 瑞花双鳥鏡

(平安時代/銅製)

白銅質の良質な和鏡。鏡背には、4個の唐草文と向かい合う瑞花2束と鳥2羽が描かれている。唐式鏡から和鏡への過度的な要素を多分に残す特徴ある様式で製作されており、和鏡としては出現期に位置づけられる重要資料である。

愛知県指定文化財 不動明王二童子立像 3躰

(平安時代/木造)

等身大の不動明王に眷属の矜羯羅童子・制吒迦童子を伴う三尊像である。

制吒迦童子立像(像高93.3cm)  不動明王立像(像高163.5cm)  矜羯羅童子立像(像高94.9cm)

源頼朝公と等身大で像造されたと伝わる仏像である。
右眼を瞋目とし左眼を細め、右下牙を上出、左上牙を下出する平安時代後期以降の一般的な相貌である。右手の三鈷剣は造立当初のもので、伝世の過程で失われやすい持物としては極めて貴重といえる。

豊橋市指定文化財 阿弥陀如来坐像

(鎌倉時代/像高69.1cm/木造)

玉眼が、はめ込まれ漆箔が施されている。本像は、基本的な形制はもとより細部の特徴を含めて鎌倉周辺の仏像に類例が見られ、13世紀前半における鎌倉幕府の要路を占めた人物(北条得宗家)に起用された仏師の作風と極めて近い。東三河の地頭職であり、北条氏の信頼が極めて厚かった安達氏が造像に関わったものと考えられる。

豊橋市指定文化財 僧永意起請木札

(平安時代/永暦2年・1161年)

縦31.8cm、横116.0cm、厚さ1.9cm。
3箇条の事書きと本文からなる。当寺15世永意(静岡県袋井市出土 平治2年・1160年銘の梵鐘や、愛知県新城市 国重要文化財 林光寺薬師如来坐像の頭部内墨書銘にも現れる)を代表とする宣言書で、本尊近くに掲げられていたらしい。仏典などを引用し、戒律による教導を意図した寺法である。要点は「和合」の理念による人々の結束を促す点にある。この時期、船形山は多くの坊院を持つ寺院として栄え、その基盤として山麓の里人がいた。山寺が地域の結集拠点に浮上した姿が鮮やかに示されている。
現在の本堂の宮殿(本尊の厨子、元禄6年・1693年造立)内部から、平成10年(1998)に発見され、豊橋市教育委員会の総合調査と愛知県史編さん事業に伴う調査で見出された貴重な史料である。

豊橋市指定文化財 僧永意起請写

(江戸時代/延宝7年・1679年写/僧昶深筆)

永暦2年(1161)僧永意起請木札は、本尊近くに掲げられていた。その後、500年の歴史における変転によって、役割を終えた起請木札は、元禄6年(1693)年に新しく本堂宮殿を新調した際に、復興事業の中心となった当寺35世昶深によって、その内部に納められた。その過程で、木札の重要性を認識した昶深は、紙4枚に木札の全文を書き留めた。
この史料は、愛知県立大学 上川通夫教授、服部光真氏、県立大学院生、学生を中心とする普門寺史料の悉皆調査(平成21年~)によって見出されたもので、木札の欠失部分を復元できる重要な史料である。

豊橋市指定文化財 普門寺四至注文写木札

(鎌倉時代/正中2年・1325年写)

縦17.5cm、横(上端)107.5cm、厚さ1.1cm
仁治3年(1242)に船形山の境内域だけでなく、山麓の広域な支配地についての範囲を示した文書を、正中2年(1325)に木札として写したものである。仁治3年の原本は現在残っていない。
この木札は元々、本尊の宮殿壁板に記されたものと考えられ、後に宮殿が新調された折にはがして残されたと考えられる。寺が主張する国境の一部は、遠江側に超えており広大な寺領を有していたことが分かる。
僧永意起請木札と同様に、現本堂の宮殿内部から、平成10年(1998)に発見された貴重な史料である。
木札の下部が欠失しているが、応安元年(1368)に木札から紙本に再転写した文書によって全文を知ることが出来る。

豊橋市指定文化財 普門寺四至注文写

(南北朝時代/応安元年・1368年写)

普門寺の四至(東西南北の境界)を主張する重要書類である。現在は、残っていない仁治3(1242)の文書を、正中2年(1325)に木札に写したものを応安元年(1368)に紙本に写したものである。
文書全体に朱によって注記や仮名が加筆されており、重要書類として参照されていたことが分かる。

豊橋市指定文化財 三界万霊供養木札

(南北朝時代/暦応元年・1338年)

縦159.5cm、上部幅29.9cm、下部幅28.4cm、厚さ1.3cm
大型の木札で表面の中央部には「ア」と読み大日如来を表す梵字を記し、すべての霊を供養することを意味する「三界万霊六趣四生十方含識等」と大書され、立場を問わない死者供養の仏事に際して掲げられた木札である。
裏面には、暦応元年8月16日とあり、船形山桐岡院の弘尊(当寺21世)が書いたと記されている。弘尊の名は、応安元年(1368)の四至注文写にも見える。
さらに、表面には、天文3年(1534)に普門寺縁起を書いた僧賢盛(当寺25世)信慶(当寺27世)玄朝(当寺29世・豊橋市八町通 安久美神戸神明社の遷宮で導師を務めた僧)を含め、16世紀の人物名が200名近く追加記入されている。南北朝時代~戦国時代は、東三河でも戦乱で命を落とした人は多く、普門寺においても天文2年(1533)10月8日に兵火によって仏閣や僧坊が焼失した(船形山開基以来代々忌日記より)と見え、戦乱における死者を偲び荒廃した寺と地域社会の復興を願って三界万霊供養が行われたと考えられる。

豊橋市天然記念物 大杉

樹齢450年以上

目通りの太さ5.65m、樹高31m

大黒天立像

(室町時代/像高51.4cm/木造)

天文11年(1542)2月18日に当寺26世信盛が願主となり造像。寛政2年(1790)の境内図では、本堂南隣の堂舎に安置されていた。

金剛力士像 2躰

(江戸時代/像高約200cm/木造)

寛文7年(1667)仏師大膳によって像造。
寛文8年(1668)建立の仁王門に安置され境内に魔物が入り込まないように睨みを利かしている。

建造物

本堂(江戸時代/元禄6年・1693)

堂内のご開帳は、4月第3日曜日「新緑まつり」午前10時~正午

大師堂(江戸時代/安政元年・1854)

真言宗の開祖である弘法大師空海さまをお祀りしている。
堂内のご開帳は、
6月15日前の日曜日「弘法大師誕生会」午前10時~午前11時

鐘楼門(江戸時代/宝永4年・1707)

豊橋市内、最古の鐘楼門である。
12月31日「おおみそかの鐘」昼間に鐘を撞きます。

仁王門(江戸時代/寛文8年・1688)

金剛力士像をお祀りしている。

書物

小冊子『船形山 普門寺』 500円
A4判 フルカラー 26頁 2017年発行
普門寺の歴史や文化財について書かれています。
普門寺にて販売中

『豊橋市埋蔵文化財調査報告書第140集 普門寺旧境内-考古学調査編-』 3,500円
豊橋市教育委員会による総合調査(平成16~28年)報告書
A4判 452頁 2016年発行
豊橋市文化財センターによる、普門寺裏山に残る東海地方を代表する平安~江戸時代にかけての山寺跡を発掘調査、測量調査、分布調査した成果を掲載。2つの本堂跡をはじめ、250か所を越える平場群、経塚、中世墓、行場跡、巨岩などで構成された大規模な山岳寺院跡の様相を紹介しています。

『豊橋市埋蔵文化財調査報告書第141集 普門寺旧境内-総合調査編-』 3,100円
A4判 436頁 2016年発行
普門寺の収蔵品を中心に、文献、建築、彫刻、美術工芸品、経塚遺物、石造物、地質の各研究者に調査を依頼し、普門寺を広い視野から総合的に調査した成果を掲載。
平安時代の寺内の規範を記した極めて貴重な木札の発見や、建築・彫刻に関する新たな見解の提示など、東海地方を代表する中世の山寺の実態に迫る大きな成果を紹介しています。
販売場所:豊橋市美術博物館、豊橋市文化財センター、豊橋市役所じょうほうひろば
閲覧可能場所:豊橋市中央図書館

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